Renlie's log 2

東京で活動する音楽/言葉/お菓子作家・蓮理のブログです。

はじまりはじまり。

私、本当に長い間、思考を止めてた。
どこかへ行きたい、これではだめだって思いながら、動き出せないまま。
多分苦しかったし、全部切ってやろうかとかいろんなことが過ぎっても、
それすら感じないようにシャットアウトしていた。
だからなんか、何も書けなくなってた。
表向きには勿論、曲は作り続けていたし、言葉も書いていたのだけど。
自発的にこういうの書きたい!今これ書かなきゃ!っていう、本来の、健全な表現の動機からではなかった。
止まってはいけないって思いながら、なんで書けないのかも漠然としてたんだな。


でも、先週急に動き出したことがあって。
その瞬間に、あ、今これ乗らなきゃ、今見つけようとしなきゃ、私はこのままだ。
感受性が悪い方に脆くなって、上辺をなぞるだけの、
あらゆることをつまらないと思うようなつまらない人間になってしまう。と思った。


だから、精一杯、乗ってみることにした。
まず手始め。今はたくさん話を聞いている。
人の話って目的なく聞いているときは本当に退屈だと思ってたけど、
自分の手がかりを探したり、こういうこと知りたいってものがあると
全然関係ない内容でも物凄く面白くなるんだな。
そして、思考を止めてしまうまでは、私はずっとこういう時間を過ごしてきたのを思い出した。
こうやって人の話を聞いて、自分を明確化していくのが好きで、
自分が選んできた道というのはその延長にあるものだった。
どうでも良い話もするけど、急に切り替わって深い話だってできる。
そういう人が周りにたくさんいてくれることが、
自分が幸せというものを考えたときに最初に大事だと思うもの。
一度は気付いていても、忘れてしまうものなんだな。
こんなに大切なのに、忘れたときには気付かないことに一番驚いたかも。


自分が混乱したときには、詞に書いて自分の心情を整理していた。
文章構成とかめちゃくちゃでも、出てくるものを落としていけば、そこに何かしらの形があって。
見返してもそういう時に書いた詞には、勢いも含めて迫ってくるものがある。
またそういう詞を書きたい。
枠を作らず、自分の断片を書き付けた中から浮き上がってくる塊。
それを手に入れるには、自分が本気で混乱するほどのことをしなければいけない。
目的を持って、斜に構えるのではなく、自分として立ち向かわなければならない。


楽しみになってきた。
早く春がこないかなあ。